「“アニメの殿堂”必要」――里中満智子さんら、「原画やゲーム基板の保存場所を」と訴え

左から東京都現代美術館学芸員の森山朋絵さん、浜野保樹東京大学大学院教授、里中満智子さん、明和電機の土佐信道さん

左から東京都現代美術館学芸員の森山朋絵さん、浜野保樹東京大学大学院教授、里中満智子さん、明和電機の土佐信道さん

由紀夫さんが「国営マンガ喫茶」と揶揄した「国立メディア芸術総合センター(仮称)」について、漫画家さんやアーティストさん側からそれが必要だ、という意見が出てきた事で反対派の意見が牽制されている様に見えますな。

このニュースについては、わしが最初に見知ったのはTBSラジオ「荒川強啓デイ・キャッチ!」の09年4月30日配信のポッドキャストでの事。この日のディキャッチャー、山田五郎氏がこの問題を取り上げて語ったのだが、由紀夫さんの国会における国営マンガ喫茶発言はその翌週の事と記憶しているので、山田五郎の目の付け所はシャープだな、と後から思い返してました。

その後、政府側は、この国立メディア芸術総合センターの構想が安部内閣の時に既に立ち上がっており、09年度補正予算でいきなり出てきた話ではない、なんて言ってますけど、だったら由紀夫さんが国会審議で取り上げたときにそう即答しないといけませんわな。

まぁこのように結構な批判のネタになっているメディア芸術総合センターですが、里中満智子の様なビッグネームがその批判に反論を唱えるってのは、一般人からすればえー、なんで?、って思いでしょうね。

改めて「里中満智子」についてwikiだとかで調べてみると、ストーリーマンガ家中心の親睦会「マンガジャパン」の事務局長だとか、政府や官公庁関係の多数の諮問委員会に委員として参加してたり、2003年頃に起きた、倒産した出版社からマンガ原稿が古本屋に流出した事件をきっかけに発足した「漫画原稿を守る会」への関わり等、最近は漫画家というより文化人的な活動が多くなっている事が判る。

特に「漫画原稿を守る会」の活動に関わった方としては国立メディア芸術総合センターが出版社等の枠を超えた作品の保管場所、ひいてはその元になった原稿の保管場所的な側面を持ってくれれば、上記の様な原稿流出事件等は起きないだろうと考えているのだろうか。

また、漫画家個人が現行の保管について、しっかり保管が出来てなかったりする問題もある。

記憶に新しいところでは雷句誠の原稿紛失にからむ出版社提訴なんてのもあったし(これは漫画家と出版社の間での問題)、自身では笑い話にもしているけど、とり・みきはかつての作品の原稿を久しぶりに茶封筒から出してみたらスクリーントーンが全部はがれてしまってて、使い物にならなくなってた(月刊リュウの「とりから往復書簡」に掲載、これは言わば作家自身の原稿管理不行き届き)なんてのもあったりして。

国立メディア芸術総合センターなんてものがもし出来れば、こうした漫画家の原稿自体も預けおくことが出来、再販したいと出版社が申し出ればその原稿を貸し出し、本にして出版すると作者にも利益が還元される、と言うような構図なんだろうか。

で、ふと思ったんだが。

この構図ってJASRACのそれと同じ事じゃないかな。

「音楽」の部分を「漫画」に、「JASRAC」の部分を「国立メディア芸術総合センター」に置き換えてみてもほとんど違和感がない。

という事は、国立メディア芸術総合センターの将来像もおのずと見えてくる。
現在のJASRACが同業他社を排除するような独占状態になってしまい、音楽ビジネスに限らない、著作物に関わる権利ビジネスの多くに口を出す様になるに至り、それが弊害化している状況を見るにつけ、メディア芸術総合センターもそうしたオチになってしまうんじゃないか、と容易に想像が出来てしまう。

もしくはJASRAC関係者が「音楽著作権の独占的なビジネスモデルはそろそろ閉塞感を呈してきたから、まだそうした著作権管理のビジネスモデルでもたついている漫画著作権に移行しておこう」とかもくろんでいるんじゃないかしら、なんて穿って見えたりもするんですが。

まぁとにかく。

メディア芸術総合センターが上記の様に漫画家の原稿管理にまで及ぶ様なら、大衆文化であるマンガやアニメが甘言を持って国に奪われていく象徴にもなりかねないなぁ、とも思うんですよ。

言ってみれば、今の政府の発言の裏には「マンガやアニメって海外に輸出すると儲かるんだよね。だったらその儲けを国が一元管理して、国の儲けを増やそうじゃん」って胡散臭い思惑がぷんぷん臭ってきてて、多くの国民がメディア芸術総合センターに反対しているのは、その胡散臭さが誰の目にも見えるから、でしょうかね。

里中満智子は「国立メディア芸術総合センターを考える会」の記者会見の席で

「漫画の原画は作者が個別に管理しているので、捨てられたり、なくなったり、海外の収集家に買われて流出していることも多い。このままでは100年後に漫画の資料が残らない。ハコモノ行政という批判もあるが、漫画の原画を保存するにはハコモノが必要」

とのたまったそうだが。

確かに資料管理をする場所は必要かもしれないけど、それは上記のような胡散臭さが漂う国立のハコじゃなくてもいいんじゃないかしら。

あくまでサブカルチャー、大衆文化なんだから、そうした物の保存や情報発信の拠点も自分たちが自発的に作っていくのがベストじゃないか、と思うんですが。

東郷隆の「定吉七番」シリーズの中で『大阪の町民文化は”官におもねず、権に近づかず”、だから独自に発展してきた』と言うような一文があったんですが、サブカルチャーの行く末もこうあるべきじゃないのかなぁと思うんですよ。

著者

admin

4 Comments

  1. 保存するにしてもどんな物を保存するのかな?と思うしだい。
    模範的で胡散臭くない、と判断された作品だけが残される様な? あとヒットした物を強制的に保存とか。

    十三
  2. 里中満智子の弁から推し量るには、漫画家の原稿は全部一元保存、って感じなんでしょうか。
    まぁ本当にそれをやるとマンガ版JASRACやなぁ、と思うんですがね。

    たいちょ@ちば
  3.  ナニ?
     漫画原稿を全て一元管理だと?
     同人も含め、年間ドレだけの漫画原稿が書かれてると思っているのだ?
     ソレとも商業ベースに乗らないと漫画ではないとでも言い出す積もりか?
     まぁ戯言を曰う輩は自分の目に見えてる自称のみで完結した話しをしますが、ソレに伴う波及効果と云うモノが想像出来ない傾向に有りますなぁ…
     本来、想像力(創造力)を飯の種にしている漫画家にそう云うのが見えると、その著作物も改めて見直したくなる気がしますが(勿論悪い意味で)

    毘沙門天松茸
  4. 実は今日の昼のフジテレビのニュースで、コミケの故・米沢代表が生前にコレクションしてた書籍を大学に寄贈し、図書館として8月に開館する事が報じられてました。

    なんでも学生ではなくても会員登録すれば誰でも利用できるんだそうですね。

    で、思うに、メディア芸術総合センターなんてもんが立ち上がる前に、この図書館がそうした機能を有してしまえば、メディア芸術総合センターは建築前に企画倒れになるかもしれませんね。

    まずはマンガ好きなみんながここの会員登録をすることから始まる、って感じでしょうか。

    里中満智子の原稿管理に関する構想ってのは、「漫画原稿を守る会」での紆余曲折があったためってのが主な理由な気がしますよ。
    つまり、現状の漫画原稿の管理に対して、漫画家、出版社が皆バラバラに管理を行い、好き勝手に主張するだけで何もまとまらない、だから原稿流出の様な事件が起きても結局漫画家が泣きを見るんだ、だったら国営のような施設で管理運営したほうがまだマシだ、ってことなんだと思いますよ。

    おそらくは、自身も漫画家であるがゆえに漫画家のエゴ、無知、身勝手を一番知っている、だからこんな考えに至った、ってのかもしれません。

    が、しかし。

    多くの漫画家の意思が統一できなかったからと言って、国家機関を頼る、ってのも何か違うんじゃないか、って気もしますよ。
    タイトルにも上げたとおり、漫画は大衆文化、大衆文化は”官におもねず、権に近づかず、が理想と思いますので、自分達で何とかする努力、ってのをもう少し考えても良いのでは、と思うんですがね。

    たいちょ@ちば

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です